電通大・学部入試における志願倍率は、ここ数年4.8倍程度を保っており、今のところ、大学全入時代が到来したとの悪しき予兆はありません。平成14年度に受験科目として物理と化学を共に課すという入試改革を行ったため、その前年度までの7倍強からは大幅に低下していますが、返って学生の質の低下を食い止める役割を果たしたとのもっぱらの評判です。
しかし、大学進学率が全体的に大幅に上がってきて、マーチン・トロウの分類によるユニバーサル型の教育環境に支配されつつあるということは間違いなさそうで、いわゆる「質的に凡庸な者が多数派を占める状況」、または「その状況の到来を予期させる状況」に近づいているとの予感は否めません。ある教育者の分析によると、この状況下の一般学生は、願望希薄で体感不足に陥り、学習からの開放のみに意を尽くし易く、もって概念形成能力が極度に不足した状況となっているとのことで、そういった感覚は若者のvirtual reality志向と密接に関連しており、対話型文化の崩壊に繋がっていく恐れさえ抱かせるとのことです。授業中にしばしば感じることに非常に近い分析であり、怖いぐらいです。
このような状況における教育とは如何にあるべきかを考えるとき、大学進学率が15%以下という1960年代はじめ頃までのエリート型環境やユニバーサル型に入る前段のマス型環境における教育と、もはや同質ではあり得ないことは当然で、凡庸な一般学生の質的向上をあらゆる面からサポートする「発達支援型教育の具体化」が課題となってきます。また、これからの大学は「学生=customer」という視点がさらに要求され、consumerismの下に、教育システムの付加価値機能として何を目指すかという大学独自の教育認定基準を改めて厳密に検討し直す必要があると考えています。
大卒就職の後に企業の上層部にまで出世する指標として大学毎の「突出度」というものがあるそうで、電通大の「突出度」は他のいわゆる一流大学を制してトップに近いと伺っております。電通大卒業生の輝かしい活躍を示す指標の一つですが、それが語り伝えの遺産とならないよう、現場の者は、正しい状況判断の下に電通大ならではの特徴を示せる発達支援型の教育体制を早急に整備して行く必要があると、意を新たにしております。
|